近年、DX推進が盛んになる中で、よく耳にするようになったのが「ノーコード開発」や「ローコード開発」という言葉です。プログラミングの心得のない人でも、マウス操作や簡単なコードを書くだけで業務アプリを作成できてしまうという便利ツールとのことですが、実際にどのような効果があるのでしょうか。ローコード開発/ノーコード開発ツールの導入に数多くの実績を持つ株式会社CIOコネクティッドの代表取締役である安慶名 允氏に、同ツールを導入する際の注意やコツ、その効果などについて、お話を伺いました。
最適なノーコード開発/ローコード開発ツールを選ぶには、まず業務を知り、解決すべき課題を明確にすること
――― DXを推進している企業も多い中で、ノーコード開発/ローコード開発というものをよく耳にするようになりました。しかし、具体的にどのような状況でそれらが役立つのかが、よく分かりません。
CIOコネクティッド 安慶名氏: 業改革を進めていく上で有用なITツールがたくさんあります。しかし、よほど詳しい人でなければ、どのツールでどういうことができるのかがよく分かりません。もちろんソフトウェアベンダーは豊富な資料を用意してくれていますが、現場で業務を進めている人たちは、本来の業務が忙しくて、それらを調べることもできないというのが実情でしょう。
ノーコード開発/ローコード開発ツールも、結局のところ、それでどういうことができるのか、どんな現場課題が解決できるのかが、まだまだ周知されていないのが実情ではないでしょうか。
―― マウスでアイコンを動かして操作していくうちに「業務アプリができた」みたいなCMをテレビで見ると、そのツールさえあれば、どんな課題でも解決できると思ってしまいます。
安慶名氏: 業務アプリは、現場の業務を効率化したり、現場の業務上の課題をITの力で解決したりするためのものです。確かにノーコード開発/ローコード開発のツールは比較的簡単に業務アプリを作れますが、そもそも現場で解決したい課題が分からなければ、どのようなアプリを作れば良いのかが分かりません。どのようなアプリを作りたいのかが分からないと、目的に合わせたツールを選ぶこともできないでしょう。
―― なるほど。薬局で風邪薬を買おうにも、咳なのか熱なのか、症状が分からないと適切な薬を選べないのと同じですね。
安慶名氏: たとえばファイルサーバー上にExcelのワークシート置いて部内で共有しているとしましょう。通常は、誰かがそのワークシートを編集している間、排他的制御でロックがかかり、他の人はそのワークシートでの編集ができなくなります。人数の多い部署になると、常に誰かが使っていて、いつアクセスしても使えないといった事態に陥りかねず、業務がはかどりません。
さらに現場の社員のITリテラシ(ITに関する基礎的な教養)にもバラつきがあるため、誰かが操作を誤って入力データを削除してしまったり、ワークシートそのものを削除してしまったりするといったリスクもあるかもしれません。
紙で管理していたデータをExcelのワークシートに置き替えた当初は、業務の効率が上がったかもしれません。しかし、運用が進んでいくうちに、違った課題が発生してしまうことはよくあります。
複数人での同時利用には、Excel固有の機能である「共有モード」を使うことで一部は解決できますし、ファイルの誤削除もWindowsのアクセス権設定を行うことで解決できます。しかし、こうしたことを個別に設定し運用していくのは煩雑です。
このように、ExcelやWordなどのOffice製品を使った業務や、Windowsの運用が関係する業務におススメなのが、マイクロソフト社のクラウドサービスである「Microsoft 365」です。
ノーコード開発/ローコード開発も可能なマイクロソフト社のサービス「Microsoft 365」とは?
―― Microsoft 365はノーコード開発/ローコード開発に対応したサービスなのでしょうか。
安慶名氏: はい。Microsoft 365は、WordやExcel等のOfficeの各アプリケーションに加え、さまざまなサービスから構成されています。その中でも注目すべきは次の3つサービスです。
【1】Power Apps:画面付きのPC用アプリケーションとスマートフォン用のアプリケーションの作成を可能としています。ノーコード/ローコードで、スマートフォンやPC上からクラウド上に置いてあるExcelファイルやSharePointOnlineのリスト(データベースのようなもの)に入力する、専用画面付きのアプリケーションを作成することができます。
【2】Power Automate:あらゆる作業を自動化するRPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)を可能にします。こちらもノーコード/ローコードで、定期的な業務や定型業務を自動実行することができるようになります。
※クラウド上で処理を自動化するもの、パソコン上などのデスクトップで処理を自動化するもの2種類あります。
【3】SharePoint:組織内での高度なデータ共有や情報共有を可能にします。社内や部内に向けたイントラネットを構築したり、細かなアクセス権の設定により、ユーザーレベルに応じた情報へのアクセス制限をかけたりすることができます。
先ほどの例で言えばPower AppsでExcelへのデータ入力アプリを構築したり、SharePointのファイル共有やアクセスを権設定したりすることで諸課題を解決できます。
小さな業務課題を解決していくツールだけに、費用対効果の大きさも重要な要素!
―― 大きな予算をかけてシステムソフトウェアを開発して導入するほどではないけれど、現場の人たちにとっては、もっと効率化できたらいいなと思う業務がたくさんあります。
安慶名氏: そうですね。当社でも、沖縄県内に約30の施設を持ち、1000~1500人規模の従業員を抱えるある医療法人のお客様向けの事例があります。
そのお客様は、従来、紙ベースで決裁を行っていたのですが、決裁権を持つ人たちが各施設に散らばっているため、そのたびに担当者が書類を持って、すべての施設をクルマで回らなければならず、時間と労力がかかっていました。
そこで当社からMicrosoft 365を使ったオンライン決裁の仕組みをご提案し、構築しました。オンラインで稟議書を回覧でき、添付資料も紙で揃える必要が無くなり、何よりも複数の施設間を移動するという労力を大幅に低減することができました。
―― 現場の人たちにとっては嬉しい仕組みの導入ですね。
安慶名氏: ここで重要なのは費用対効果です。ITを使えば多くの課題を解決できます。しかし一方で企業活動としてはコストが厳しく追求されます。いくら課題を解決できるからといって無制限に予算を組むことはできません。まして、一部門の小さな業務を改善するために、それほど大きな予算をかけることはできないでしょう。
このとき利用したOffice365のF3プランの当時の料金は1ユーザー当たり月額425円。これならばユーザー数分を契約しても、移動の時間にかかる人件費やガソリン代を考慮すれば、十分にペイできます。
誰にでもすぐに使えるというわけではないが、現場の意識向上や業務理解の深化にもつながるノーコード開発/ローコード開発
―― 確かに現場でいろいろなものが作れそうです。しかし本当に誰でも簡単に作れるのでしょうか。
安慶名氏: ローコード開発/ノーコード開発は、有用なシステムソフトウェアが現場で作り出せるというメリットがありますが、誰でもすぐに作れるというわけではありません。
本格的にプログラミングを行うのに比べればハードルは断然低いものの、コードを書かないノーコードツールでも、ツール自体の使い方については勉強する必要がありますし、ローコードとなれば多少はコードを記述することになるため、少なくとも論理的思考は必要になります。
そこで当社では、お客様企業の従業員のみなさまのローコード開発/ノーコード開発のスキルを高めるハンズオンの研修もご提供しています。
基本的な部分はお客様が現場で作成し、他のシステムとの連携や高度な処理については当社にご依頼いただくといった柔軟なご対応も可能です。
―― 実際にレクチャーを受けたお客様はいらっしゃるのでしょうか。
安慶名氏: はい。Power Automateでの例をご紹介しましょう。
お客様は建設業を営んでおり、毎日、業界紙のサイトから特定の記事を抜き出し、社内SNSで従業員向けに発信していました。機械的な作業でしたが、複数のアプリ間で操作を行うため、どうしても人の手で行う必要があり、毎朝一定時間を費やしていました。
そこで当社からPower Automateの活用をご提案し、ツールを使った自動化の方法についてレクチャーして、一緒にこの課題を解決する自動化ツールを作りました。その後も、お客様側で、身の回りのさまざまな業務を独自に自動化して運用しています。
―― 現場で開発できてしまう効果は大きいですね。
安慶名氏: 現場での開発に期待するということもありますが、そこまでいかずとも、現場のITリテラシが向上するといった効果もあります。ITリテラシの向上により、業務に対する考え方や取り組み方が変わってきます。
―― しかし「余計な仕事が増える」と受け止める人もいそうです。
安慶名氏: 使い方を覚えることで「今よりも楽ができる」という認識を持ってもらうことが大切です。あるいは、生産性が上がれば、給与も上がるという認識を現場にいかに根付かせることができるかどうかがカギになるでしょう。
業務の棚卸で無用な業務が見つかることも。セキュリティ面での安心感は中小企業にもありがたい。サブスク型のサービスなので、とりあえず試してみるのもあり
―― ノーコード開発/ローコード開発を成功させるコツのようなものがあれば教えてください。
安慶名氏: 業務を効率化するという意味では、ツールの導入以前に、まずは自分たちの業務を見直しておくことが大切かもしれません。つまり業務の棚卸しです。私たちがお客様からヒアリングする際には、常に「この業務はなぜ必要なのですか?」という確認をします。
ある金融系企業の現場では、毎月、案件情報をグラフ化して共有フォルダに置くという業務がありました。当社から、なぜ必要なのかと問い合わせたところ「上長が、さらに上に報告するために使っている」ということでした。そこで、上長に問い合わせてみたところ「使っていない」という返事が返ってきました。
実は、人事異動が多く、この資料の存在が前任の上長から引き継がれていなかったことが判明しました。
このケースは無用な業務が見つかったというものですが、そうでなくとも、目の前の業務がなぜ必要なのかを考えることで理解が深まり、それをどうシステム化し、どう自動化していくかという考えが巡らせられるようになります。
―― 開発以外の効果も大きいということですね。
安慶名氏: Microsoft 365には、メール、予定表、オンライン会議が行えるTeams、社内SNS、ファイルサーバーのクラウド版など、さまざまなサービスが含まれています。
クラウドサービスなのでハードウェア面やセキュリティ面での管理工数が大幅に減らせます。
たとえばメールフィルタが常にアップデートされているため、迷惑メールが受信トレイに入ることはほぼありませんし、マルウェアを仕込んだメールを受信してしまうようなリスクも回避できます。
中小企業では、専任の情報セキュリティ担当者がいないことも多いので、こうした安心感は助かるのではないでしょうか。
プランを選べば低コストでの導入も可能ですし、サブスク型のサービスなので、とりあえず試してみようかという感覚で導入できるのではないでしょうか。