疑似体験やトライ&エラーができること、ゲーミフィケーションの考え方にもとづき利用者に「楽しさ」や「使いやすさ」を提供できること、ゲーム技術には数々のメリットがあります。近年、それらの技術をシステム開発だけでなく、ものづくりや教育、医療などの現場でも活用しようという動きがあります。ゲーム技術で世の中のさまざまな商品やサービスに新たな付加価値をつける、そんな取り組みを進める株式会社ゲーム・フォー・イット。代表取締役 後藤 誠氏に詳しくお話しを伺いました。
疑似体験・トライ&エラー・ゲーミフィケーション、ゲーム技術をさまざまな領域で活かす
―― 御社は、ゲームの技術を活かしたシステム開発にノウハウや知見を豊富にお持ちですね。
後藤氏: はい。ただ当社では、ゲームのユニークかつ多様な技術やノウハウをシステム開発だけでなく、さまざまな領域で活用していく、そのような取り組みを幅広く提案していきたいと考えています。
具体的には、ゲームの技術やノウハウ、要素を活かして、さまざまな商品、サービスなどに付加価値を付けていこうという取り組みです。ゲームの技術やノウハウを活用することのメリットには、まず、モチベーションを維持し継続性を向上させたり、ストーリーや目標設定、ミッションを設けることで自然と困難なことを乗り越えさせたりなど、ユーザー体験の新しい付加価値を商品やサービスに付加できることがあります。例えば、あるサービスを使うと便利なことはもちろん「楽しい」「面白い」と思ってもらえるといったことです。その楽しさや面白さが良質な顧客体験となり、顧客とのエンゲージメントをより強固にできます。
もうひとつのメリットが「疑似体験」できることです。これは、ゲームが持つ最大のメリットといえるかもしれません。疑似体験、つまり「現実をシミュレーション」しながら、いくらでも「トライ&エラー」ができるのです。この「疑似体験」「現実のシミュレーション」「トライ&エラー」は、ゲームが持つ最大のメリットを示すキーワードです。
例えば、工事現場や建設現場で危険を伴う作業の疑似体験、学校や企業、各種施設での防災訓練のシミュレーション、工場などでの安全管理や衛生管理マニュアルをトライ&エラーを繰り返して作成するといったことを、いわゆるゲームの世界で試してみることができます。これらは、ゲームが最も得意としているところです。最近の事例としてパチスロ業界の会社よりギャンブル依存症対策の依頼を受け、ゲームをプレイする中で自然とギャンブル依存症についての知識や対策、また自身のギャンブル依存度をチェックできるゲームを制作しました。ゲーム中での物語を疑似体験しながら自身を振り返ることができる作りとなっております。
―― まさにゲームならではの強みですね。もう一つ、ゲームには大人から子供まで「マニュアルを読まないでも遊べる」という特徴があると思います。買ってきて箱を開けて取り出したら、すぐに遊べる、ようは直感的に使い方、遊び方がわかるようにデザインされているのだと思います。
後藤氏: ゲーム技術の中の「ゲームニクス」というUIに特化した技術です。これも重要なゲームの要素で、当社が得意としているジャンルです。例えば、ずっと以前の銀行ATMの操作画面は、今の画面とは大きく違っていました。預金の「引き出し」や「預け入れ」といった良く利用されるメニューも、送金やその他のメニューも、操作ボタンが同じ大きさだったと思います。
それが今では銀行によって多少の違いはあっても、良く利用されるメニューが目立つように大きく表示されているでしょう。しかも、あまり使わない取引でも、ボタンを押していくと次に何をしたらいいのかが無理なくナビゲートされ、操作マニュアルなどを読まなくてもきちんと使えるようになっていますよね。
つまり、利用者が良く使うものは何かによってUIのレイアウトを変えたり、マニュアルなしに複雑な操作ができるようにヒントや操作方法が出てナビゲーションしたりなどです。これがゲームニクスの技術です。元々はゲームの中で利用されていた技術ですが、それをUIに特化して体系化することによってさまざまなシステムの操作画面など、いろいろなところで利用されるようになってきています。
ゲームデザイナーが当たり前のように世の中に役立つ仕組みを創る時代に
―― たしかにスマートフォンにしてもデジタルカメラにしても、高機能なのに操作マニュアルなどを読み込まなくても直感的に必要な操作はできて、「なんとなく使えてしまう」ようになっています。
後藤氏: このあたりの技術はゲームが先行していた領域です。ポイントは、いきなり全部を説明するのではなく、使うにあたって「今、やるべきこと」を徐々に示していって、いつの間にか複雑なことができるようになっていくという「UI設計」の考え方です。
私はこうした、「利用者をうまくナビゲートしていつの間にか複雑なこともできるようにしてしまう」というUI/UXの考え方をとても重視しています。こうしたUI/UXを意識した操作画面やナビゲーションによって、利用者とのエンゲージメントを高めたり、モチベーションをコントロールできるようになります。これらはゲームの世界ではこれまでも当たり前になされてきたことですが、この考え方が今後はゲーム以外の領域にも広がっていく、いや、広げていきたいと考えています。
例えば、工業製品の組み立て作業、工場設備の操作、学校など教育現場の教材開発、病院や介護施設などでのリハビリなどに、この考え方が応用できると思います。現在では、ゲーム開発のエンジニア、システム開発のエンジニア、アプリ開発のエンジニアというように、厳密ではないにしろ分かれていますが、これからはゲームデザイナーがUI/UXの技術や知見を活かして当たり前のように世の中を便利にする、世の中に役立つ仕組みを開発するような時代になると考えています。
ゲームデザイナーが当たり前のように工場に居て、組み立て作業や工場設備の操作を習得するためのシミュレーションシステムやマニュアルの開発を手がけている、そうした光景が広がっていくようになると良いなと期待しています。
海外ではゲームデザイナーが学校や病院で教材開発やリハビリに貢献
―― 確かに、お話しを伺っているとワクワクしますね。可能性がどんどん広がりそうです。
後藤氏: こうした動きは海外ではすでにあって、アメリカやオランダでは、学校の教材制作にゲームデザイナーが参画していると聞きました。学校にゲームデザイナーが在籍しているケースもあるそうです。学校でどういう教材で子供たちに学習させるかというとき、ゲームデザイナーと教師が一緒になってアイデアを出し合い、制作していくのですね。
また、オランダのある病院ではゲーム開発の部署があり、困難なリハビリに取り組まなくてはならない患者や子供のモチベーションをどう維持するか、どうすれば楽しくリハビリに取り組めるのかを考え、医療現場でゲーム要素を含んだものを作っては患者や子供たちに提供し、フィードバックをもとにブラッシュアップしているそうです。
日本でも企業や自治体、病院や学校などで、その組織が直面しているお困り事が持ち込まれる部署があって、そこにはゲーム開発のチームがいて現場の声を聞きながらお困り事を解決するような仕組みを現場の人たちと一緒になって開発していく、そんな光景が当たり前になって欲しいと考えています。
―― 「ゲーム的な要素の活用」という視点では、日本の企業や学校、病院などの現場ではどのように進んでいるのでしょう。
後藤氏: 例えば、ある自動車メーカーの工場では、これまでは実際の自動車を使っていた分解や組み立ての研修をVR化していると聞きました。どこのネジをどう回して、どうドアを付けて、次にどうするのかといったことが、ナビゲートされながらできるようになっていくのです。そのVRでのシミュレーションをした後に、実際の組み立て作業のラインに入るなど、ゲームのテクノロジーを活用して効率的に作業を習得しようという取り組みです。
ただし、それらはゲーム開発者ではないエンジニアが制作しています。ゲーム開発者やゲームデザイナーが参画すれば、UIなどがもっと大きく変わると思います。
また、可能性としては、例えば、さまざまな障がいがある方々の苦労や大変さは他人にはなかなか分からないものですが、それを疑似体験できるようになれば、相手とどうコミュニケーションをとり、どういうときにどういう支援をすればいいのかといったことの理解も進むでしょう。生きづらさを感じている人は世の中には実はたくさんいて、そういった人の事例を知ってもらうことで、医師では対応しきれない部分も、ゲームならではの疑似体験によって解決できるところがあるのではないかと考えています。
さらに、CSRの領域でもゲームの要素を活用できると考えています。先に説明した事例ですが、パチスロなどのギャンブルの依存症対策のゲームを開発しました。ギャンブル依存症のチェックだけではなく、依存症になりかけている人をどう救ったらいいのかということを「ゲームの中で疑似体験できる」ものです。
ただし、ギャンブル依存症を治療するのが目的ではないので、ゲームをすれば依存症が治るというものではありません。依存症の人を抱えている家族がどう対処したらよいのか、依存症の人が身近にいた場合にどう接すればいいのかということを体験できるものです。実際にアメリカの医療機関で利用されているギャンブル依存度をチェックできる項目も備わっています。
企業・病院・学校などパートナーとの協業で取り組みを進めたい
―― 素晴らしいですね。こうした御社のお考えや取り組みを広く知ってもらえたら、協業したいと手を挙げてくれる企業や学校、病院などが増えてくると思います。
後藤氏: 以前には経済紙で取り上げられたこともありました。また、私が参加したビジネスプランコンテストのYouTubeを見て連絡を下さった企業もあります。当社では、その他にも認知症予防の医師と一緒に、その人の認知症度合いをスコア化できるゲームも作りました。現在、デイケアのサービスで実証実験を進めています。実際の認知症のチェックと相関を持って、ゲームの点数によってスコア化できるようになってきています。
こうした取り組みは医療など専門分野の専門知識が必須になるので当社だけではできません。ぜひ、さまざまな専門家と一緒に新しい分野に組んで進めていきたいと考えています。当社の知見をお役立ていただけるような企業、学校、病院などの方々と協業できれば非常にユニークかつ有益な取り組みを進められると考えています。
私は、将来的にはゲーミフィケーションといった言葉で示されている「ゲームに特有な」、「ゲームならでは」の機能や考え方はなくなり、これらが「当たり前」になると思っています。世の中のサービスの全てにおいて「当たり前」となり、導入される、そんな世の中になれば良いなと考えています。そんな世の中の実現に向けて、パートナーとなってくださる方々と共に第一歩を踏み出したいと考えています。