システムソフトウェアの目的は、作ることではなく、使うことなのは言うまでもない。そのため近年は、画面デザインや実装される機能だけでなく、システムの使い勝手の良し悪しも重要視されます。この使い勝手の部分はUI/UX(ユーザーインターフェイス/ユーザー体験)として扱われ、今やUI/UXを無視してシステムソフトウェアを設計・開発することはできません。そのような中で、スパイスファクトリー株式会社では、優れたUI/UXを実現するためにユニークな取り組みを行っているという、同社のUXデザイナーの中島 大賀氏とエンジニアの平川 淳氏にお話しを伺いました。
スパイスファクトリーのデザインに対する考え方
―― 御社のデザインに対する考え方を教えてください。
スパイスファクトリー 中島氏 デザインに大切なのは細かな手法やテクニックではなくマインドだと考えています。そのマインドとは「使っていただく方々に、どうすれば喜んでいただけるのか」あるいは「どうすればお客様の課題を解決できるのか」ということ。言い換えるなら「ユーザーファースト」という考え方です。そこをきちんと押さえておくことで、ブレのない一貫したデザインが行えるようになります。
―― 具体的にはどのようなことを意識されていますか?
中島氏 お客様に喜んでいただけるシステムの条件として「使いやすさ」は外せない重要なポイントです。ビジュアルデザインを過度に尖ったものにしてしまうと、使い方が分かりづらくなったり、操作しづらくなったりすることがあります。画面単位で言えば、ボタンや入力欄のサイズや配置は画面内での操作が分かりやすく、それはクライアントのビジネスプロセスに照らして矛盾がないものでなければならず、操作性はシステム内で統一されている必要があります。
―― あくまでもシステムやサイトを使うユーザーの立場に立ちながらデザインしていくということですね。
中島氏 そうです。お客様のニーズを、いかにより良いユーザー体験としてシステムに実装していくかという“問題意識”を常に持ちながらデザインしています。
実は自己紹介が効果的!? より良いユーザー体験実現に向けたスパイスファクトリーの取り組み
―― より良いユーザー体験を生み出していくために大切なことは何でしょうか。
中島氏 より良いユーザー体験を実現するためには、事前の打合せの段階で、クライアントと当社との間で率直な意見交換ができる環境を構築しておく必要があります。 エンドユーザー、クライアント両方のニーズを細大漏らさず聞き取り、また、どのように使われるのかをきちんと理解する必要があります。これにはクライアントのビジネスプロセスを理解するということも含まれます。さらに、当社からの提案を細かくご説明できるような雰囲気を醸成しておくことも大切だと考えています。
―― 事前の打合せでのヒアリングと率直な意見交換をしっかりと行うということですね。
中島氏 そうしないと、作り手側の都合ばかりが優先された独善的なものになってしまいます。エンドユーザーが“この部分はちょっと使いにくいな”とかクライアントにとって“自社のワークフローに沿わないぞ”と感じられるようでは、ユーザー体験としては決して成功とは言えません。一方で、お客様から言われたままに作るだけでは、これもより良いユーザー体験の実現にならないケースがあります。システム化するに当たって、実際には、お客様が気づいていらっしゃらないより良いユーザー体験というものがあるかもしれないからです。そうした部分を当社からご提案できる土壌も必要なのです。
―― そうした土壌を作るために、独自の工夫をされているそうですね。
中島氏 それほど大袈裟なものではありませんが、最初の顔合わせのときに、出席メンバーが時間をかけて自己紹介を行うようにしています。仕事上の話だけでなく、趣味や食べ物の好き嫌いなど、その人の人となりが分かることも含めるようにしています。これは当社のメンバーだけでなく、クライアント側の出席メンバーにも、可能な限りお願いしています。参加人数にもよりますが、質疑応答なども含め、一人当たり10分ぐらいかけることもありますね。
―― なぜ、それほど時間をかけて自己紹介をするのでしょうか。
中島氏 ミーティングの場では、知らない人や怖そうな人に対しては、発言しない人も少なくありません。怖そうに見える人でも打ち解けて話してみたら、話しやすい人だったという経験が、誰しも一度ぐらいあるのではないでしょうか。事前にこうして自己紹介をすることで、ある種の壁のようなものが取り払われ、心理的にも発言しやすくなるほか、その人の発言が、すっと耳に入ってきて印象に残るようになります。「あぁ、そういえばあの人はゴルフが好きって言っていたな」とか「各地を食べ歩いているから、この人は食にこだわっているのかな?」とか、いろいろと相手に興味を抱くきっかけにもなっています。
―― 面白い取り組みですね。クライアントの反応はいかがでしょうか。
中島氏 自己紹介に時間をかけることに懐疑的なクライアントもいらっしゃいます。その時間が無駄のように感じられるのかもしれません。しかし、その後のミーティングはもちろん、プロジェクトが進む中で何かの連絡を取り合う際も、話がスムーズに進むようになり、トータルで考えると効率が良くなります。
デザイナーとエンジニアによるペアデザイン! 新たな試みが生み出す効果とは?
―― 設計や開発の過程で取り組んでいることはありますか。
中島氏 当社では、デザイナーとエンジニアによる「ペアデザイン」という手法を採用しています。この、デザイナーとエンジニアによるペアデザインの取り組みが、スパイスファクトリーのUI/UXにおける品質を大きく向上させています。
―― デザイナーとエンジニアによるペアデザインとはどのようなものでしょうか。
中島氏 ペアデザインとは、もともとデザイナーが2人でペアを組んで同じプロジェクトのデザインを進めるという手法で、デザインの属人化を避けると同時に、客観的な判断、作業のダブルチェックを行うなどの効果が期待できます。当社では、これをデザイナーとエンジニアという役割の異なる2人を組み合わせて進めています。
―― そこには、どのような狙いがあるのでしょうか。
中島氏 役割の違うメンバーがペアを組むことで、同じ課題をそれぞれの立場から見つめて、解決策を出し合うことができます。これにより視覚面でのデザインと機能面でのデザインのそれぞれが厚みを増すほか、視覚面から機能面へ、あるいは機能面から視覚面に新しいデザインが生まれる可能性もあります。
スパイスファクトリー 平川氏 互いに見ているポイントが違うので、たとえば、デザイナーは気づいていないけれど、エンジニアから“操作がワンクッション多くないか”と指摘することもあります。反対に“分かりやすさを考えたら、これは別画面として実装したほうが良いのではないか”とデザイナーから指摘を受けることもあります。互いに独善的になってしまうことを避ける効果はハッキリと生まれています。
社内業務システムと一般に向けたWebサービスで、それぞれに最適なUXを実現するためにも多角的な視点を持つことは重要
―― 仕事を進めていくうちに、デザイナー目線とエンジニア目線について、お互いに理解が深まりますね。
平川氏 これをきっかけに当社では、デザイナーとエンジニアが、互いの領域の知見を広めるために相互に勉強会を開催し、社内のデザイナーとエンジニアが参加しています。デザイナーとエンジニアがある程度の基礎を固めることで、ペアデザイン自体も次のステージに進めます。結果として、デザインと機能が高い次元で融合した、より使いやすく、より機能的なシステムが作れるようになります。
―― あらゆるシステムの開発にペアデザインは有効なのでしょうか。
中島氏 基本的にどのようなシステムにも有効です。毎日使う業務システムと、たまに利用するWebサービスでは、そもそもデザインや設計の思想が異なります。社内業務システムでは、社内の共通言語・共通認識というものがありますが、ネット上に公開されるWebサービスでは、不特定多数が利用するため、そうしたことはあまり期待できません。要件の異なるシステムにおいて、それぞれに最適なUXを追求していく上では、多角的な視点がより一層必要になります。
平川氏 典型的な例として挙げられるのが操作のショートカットをどのように実装するのかという点です。毎日仕事で大量のデータを入力するようなシステムならば、マウスでいちいち操作するよりも、ショートカットをキー操作にマッピングしておき、キーボードから手を離さずに使えたほうが効率も上がります。ITリテラシーについても、入社時の教育・研修で一定レベルにあることが前提になるほか、周囲に聞ける人がいるため、そもそもスタート地点が違い、場合によってはかなり大胆なショートカットも実装できます。一方で、ネットサービスでは、ユーザーの事前知識を前提にできませんから、ビギナー、ライトユーザー、ヘビーユーザーなど、それぞれのターゲットのリテラシーや理解度を想定して無理のないUIを考えてショートカットを揃えていく必要があります。
中島氏 ショートカットのアイデアはエンジニアからのフィードバックが多いですね。そこから、デザイナーも普段から意識するように心がけています。
クライアントとデザイナー、エンジニアの三者による協業で初めて使いやすいシステムが生まれる
―― 完成度の高いUI/UXはデザイナーとエンジニアがペアを組むことで生まれているのですね。
中島氏 もちろんそれだけではありません。なぜなら、ユーザー体験を極大化するために、いくらデザイナーやエンジニアが知恵を出し合ったとしても、そこにユーザーの声がなければ意味がないからです。システムの使用者となるエンドユーザー、あるいは直接ユーザーの声を聞くクライアントの存在が必要不可欠なのは言うまでもないでしょう。ですから当社では、クライアントとデザイナーとエンジニアとが、同じ物を見ながら意見を出し合い、システムをより良いものへと仕上げていきます。これ無くして、より良いUI/UXが生まれることはありません。
―― クライアントも一緒になって、開発を進めていくことが大切なのですね。
中島氏 そうです。デザイナーとエンジニアとクライアントとの協業こそが、優れたUI/UXを備えるシステムの開発につながります。それゆえに、クライアントとの間で、きちんと意見が出し合える土壌の構築も必要なのです。
平川氏 そのため、クライアントに向けた“仕様の可視化”も重要な取り組みの一つです。そもそも「完成したら、イメージしていたものと違っていた」という齟齬が起きてはなりません。デザイナーやエンジニアは仕事柄、仕様書を見れば完成形がイメージできますが、クライアントはそうとは限りません。ですから仕様を決める際も、開発を進める際も、一定のタイミングで「こんなシステムになる」ということを可視化するようにしています。この作業はアジャイル型開発との親和性も高いので、当社の開発スタイルにも合致しています。
中島氏 お客様中心の開発体制は、今後もブレることはありません。スパイスファクトリーは、お客様に使いやすい分かりやすいと感じていただけるシステムをご提供し続けます。
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