システム開発会社が苦労するポイントの一つにあげられるのが顧客(発注者)の業務理解だろう。業務理解を入念にしておかないと、顧客の根本的な課題の発見にもつながらない。とても重要な作業なのだが、実際にはシステム開発会社ごとに業務理解の捉え方も実践の方法も異なり、どうすればいいのかがわからない。そこで、独特の方法で業務理解を徹底し、多数の案件獲得に成功している株式会社サンテックの代表取締役社長 高梨繁氏に、同社が実践していることを伺った。
<本連載の話者紹介>
株式会社サンテック 代表取締役社長 高梨繁氏
学生時代にミニコンを扱ったことがきっかけで、卒業後に独立系ソフトウェア会社に入社。
まだ、MS-DOSの黎明期でPC9801とIBM5550が市場の双璧をなす中、PC用RDBの開発と販売に携わり、当時の日経パソコン紙上のDBソフトウェア部門ランキングで首位を獲得することに貢献する。
その後、大手SIerに転職しシステム開発事業部長として活躍。
大手から中小まで幅広い顧客に業務ソリューションを提案。そのときに得た知識と経験により、平成7年に株式会社サンテックを設立する。
以来、業務アプリケーションの開発を通して、顧客の課題解決に邁進している。
『業務を理解すること』にとどまらない。システム開発における業務理解とは
業務理解を言葉通りに捉えると『業務の理解』、すなわち顧客の業務内容を理解することだと思われがちだ。ただし、システム開発においては、少し違った意味合いを持つ。高梨氏はシステム開発における業務理解について基本設計の前に顧客がどんなシステムを要望されているか、その全体像を把握することと話す。具体的には、要件定義の前段階での『プレ要件定義』のイメージだという。業務を理解するという言葉通りの意味合いとは、だいぶ違ってくる印象だ。
もちろん顧客の業務内容を理解することは重要で、そのことを業務理解と捉えているシステム開発会社は多いだろう。しかし、わずか数回、トータルで数時間のヒアリングだけで顧客の業務内容を正確に把握することはなかなか難しい。限られた時間の中で業務を理解することにやっきになってしまうと、肝心である『顧客がどのような要望や目的を持っているのか』を正確に理解することがおろそかになりかねない。
むしろ、業務そのものの理解はある程度にとどめておき、顧客がどのようなシステムを要望しているのか(システムの全体像)、そのシステムによってどのような効果・成果を求めているのか(システムの目的)を正しく理解することに注力するほうがいい、それこそがシステム開発における業務理解なのだと高梨氏は語る。
会ってから聞くのではなく、『会う前に仮説を立てる』が業務理解のポイント
それでは、業務理解を正しくするにはどのようなことに気をつければいいのだろう。ポイントとなるのは、顧客へのヒアリングだ。顧客が要望するシステムの全体像やシステムの目的を正しく理解できるかどうかは、ヒアリングの良し悪しにかかってくる。重要になるのは事前準備。高梨氏は「事前準備次第でヒアリングの良し悪しは80%決まります」と説明する。
どのような事前準備が必要となるのか。「考え方としては、顧客に会ってから聞く(確認する)のではなく、会う前に仮説を立てておくことが大切になります」(高梨氏)と説明する。
どのように仮説を立てるのか。例えば、発注ナビから紹介を受けた案件であれば、システム開発会社には事前に発注者(顧客)の案件情報が知らされている。高梨氏は「まずは、その内容を熟読します」という。次に顧客のホームページを見て、どういう事業を展開していて、どのような製品やサービスを提供しているのか、そのマーケットは今、どのような状況かといった顧客に関する基本的な情報をトータルで把握する。そして、「案件情報、顧客に関する基本情報を踏まえて、どのようなシステムをご要望なのかといった全体像や目的などを想定します」(高梨氏)。つまり、仮説を立てるのだ。
この仮説を立てる作業は、ヒアリング後に本格的に要件定義をする前段階にあたり、いわば『プレ要件定義』のようなもの。「このプレ要件定義こそが大事です。これさえうまくできれば、ヒアリングはほぼ成功と言えるでしょう」(高梨氏)。裏を返せば、業務理解を文字通りに『顧客の話を聞いて業務を理解すること』と考えているシステム開発会社は、この段階で失敗してしまうだろう。
ここで、高梨氏は同社がヒアリングで失敗しないために実践していることを2点教えてくれた。まずひとつは、業種・業界特有の商慣習や専門用語を事前に調査しておくことだ。ヒアリングのときには、顧客から業種や業界に特有の専門用語が出てくることもある。そのときに都度の説明を求めていては話が前に進まないし、信頼もしてもらえないだろう。顧客の業種・業界の商慣習や専門用語を把握しておくことは、深い業務理解につながる大切な事前準備といえる。
もうひとつは、担当者によってヒアリング内容にばらつきが発生しないよう、ヒアリングシートを活用することだ。「ヒアリングシートに書かれている顧客への確認事項は15~20項目ですが、それが全てではありません。あくまでも最低限、顧客へのヒアリングで確認すべきことをまとめているにすぎません。それでも、このシートを活用することで社内で情報共有もでき、本格的な要件定義に向けて他のエンジニアからアドバイスも受けられることがあります」と高梨氏はメリットを示す。また、同社では適宜、社内で事例発表会を開き、受注に至った経緯や技術的なポイントなどの情報を社内で共有しているが、そのときの振り返りにもこのヒアリングシートが役立つという。
ヒアリングシートには決まった形式はない。高梨氏は「各社で考えて作成し、活用してみてブラッシュアップしていくもの」と説明する。それを繰り返していくうちに、より的確なヒアリングシートができ、それが自社のノウハウにもなっていくのだ。
業務理解のポイントは、『共感』をどれだけ作り出せるか
業務理解を正しくするには、ヒアリングの成否がポイントで、それは事前準備にかかっていることを説明した。事前準備では仮説を立てること、そしてヒアリングシートを作成するなどして必ず確認すべきことをまとめておくのも大切だ。ただし、これだけでは十分とはいえない。顧客と実際に会ってヒアリングするときにもいくつかのポイントがある。
まず頭に入れておいて欲しいのは、自分たちが本当にやりたいことや目指しているシステムの姿、どんなことを達成したいのかといったことについて、「100%完璧に、過不足なくお話しができる顧客はほとんどいません」(高梨氏)ということだ。要は、顧客が話したことが全てではないということ。
だからこそ、顧客が本当にやりたいこと、顧客自身も気づいていない問題点などを、話しながら引き出していく、そんなヒアリングが重要となる。言葉を変えると顧客に、自身の考えや要望をきちんと話してもらえるヒアリングとも言える。そのために心掛けておくべきこととして高梨氏は、以下のようなポイントを示してくれた。
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謙虚な気持ちで顧客の話を伺う
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ITの専門用語は使わずにできるだけ平易な言葉で話し、顧客にきちんと理解していただく
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ヒアリングやミーティングの後は齟齬がでないように、必ずメールで議事録を送付
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議事録メールには、ヒアリングやミーティングで顧客からだされた質問も必ず記載
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こちらの疑問点はどのような些細に思えることでも必ず確認する
そしてもうひとつ、特に重要なこととして反復確認することを高梨氏は強調する。反復確認とは、顧客がこういうことをやりたいと話したとき、その内容をシステム開発会社の担当者が、自分自身の言葉でそれはこういうことですねと確認する行為だ。ただし、ただのオウム返しでもなければ、念押しでもない。高梨氏は「共感を得る行為です」と言い切る。「反復確認をして、その理解が正しければ、顧客もまさにそれ! それがやりたいんだよと共感してくれます。この共感をどれだけ作り出せるか。多ければ多いほど、より深く業務理解ができているということになるのです」(高梨氏)。
モックアップで顧客とのズレをなくし、さらに正しく深い業務理解を
初回ヒアリングが終わり、2回・3回と打ち合わせを重ねていく際にも、正しい業務理解をするためのTipsがある。それはモックアップを作るということだ。サンテックでは正式受注前のヒアリングや提案の段階からモックアップを作成して提示しているという。
その狙いは、顧客の要望との齟齬をなくすことにある。システム開発においては、言葉だけの打ち合わせでは、どうしても齟齬が生まれてしまうことがある。顧客とシステム開発会社の双方の認識にズレが生じないよう、モックアップを作って顧客に提示することが重要となる。「顧客にモックアップをお見せすることでこういうシステムができるのかとご理解が深まり、『ここはイメージと違う』というように言葉だけの説明ではわからなかった細部までをご確認いただけます。顧客がイメージしているシステムとシステム開発会社が作るシステムとの齟齬を少なくできます。それによってシステムの全体像やシステムの目的を正しく理解するという業務理解もより深まっていくのです」(高梨氏)
さらに同社では、顧客の要望により正確に寄り添ったシステムを作るために、受注後の設計段階においてもモックアップを作り、顧客に見せて確認をしながら設計を進めている。設計書にも画面設計は記載されるが、設計書の説明だけではどのようなUIになるか、どのような動きをするかが顧客に伝わりにくいからだ。
なお、モックアップの作成においてはメインとなる入力・出力画面を作り込んでお見せしているケースが多いという。「システムの入口となる入力画面、そこでコマンドやデータを入力したらどう表示されるのかの出力画面、入力と出力がわかるとこういうシステムかとイメージしやすくなるでしょう。それらをモックアップとして作成しています」(高梨氏)
入念な事前準備で話が弾めば、より深い話が聞けるようになる
同社が業務理解のために行っているさまざまなTipsを紹介してきたが、やはり最も重要なのは事前準備であると高梨氏は強調する。
「事前準備を怠ると、顧客に的外れな質問をしてしまったり、話がまったく弾まずにご要望を引き出せないまま終わってしまったりします。事前準備をきちんとしておけば、あとはその場の質問をうまくこなせば、顧客のご要望を引き出せますし、話が弾めば『実はこんなことがやりたかった』という深いところまで引き出せるかもしれません。ヒアリング時に話が弾むというのは思っている以上に重要なことです。だからこそ事前準備が大切なのです」(高梨氏)
事前に入念な準備を行い、プレ要件定義を行うことがシステム開発における業務理解につながる。最低限ここを外さないだけでも、成約率を高めることができるようになるだろう。
新規案件開拓の課題は「発注ナビ」で解決システム開発に特化したビジネスマッチング
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